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結婚20周年

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5月22日は20回目の結婚記念日でした。
(上沼恵美子師匠の結婚記念日も偶然に同日です!)


30歳だった夫と26になったばっかりだった私。
お互い若かったし、アホでした。

21年ヨーロッパで暮らしてみて、あんな派手婚、なかなかドイツでもスイスでもないですよ。

バーデンバーデンでの結婚式。ワタクシの衣装は、まずは成人式で着た芥子色の派手な振袖。
花で飾った白い馬車に乗って役所からヴィラへ移動。
会場は豪華なヴィラを丸ごとかりており、当時バーデンバーデンフィルハーモニーで演奏していた日本人のバイオリン奏者の方を含めた生楽団つけてワルツ踊ったり、お料理はこんなまともなレストランにケータリングをお願いして前菜からデザートまで豪華に出していただきました。

2次会は大阪ホテルニューオータニのトレーダー・ヴィックスにて。
引き出物はベルリンの老舗ブフヴァルトのバウムクーヘン。

ハネムーンはバリ島。

おいおい!!ですよね。

別に私がそういう派手婚をおねだりしたわけではなく、夫の親戚のコーディネート好きなおばさんに準備の手伝いをお願いしたら、どんどん派手になったっていう感じでした。いまだにドイツの親戚などから、あれは Traumhochzeit (dream wedding) だったねと言われます。

家庭の口座はマイナスになりましたけどね。あはっ。
それと、今と物価違いますので、あしからず。
1マルク60円ぐらいの時代の話です。
まだまだ日本がデフレという印象は私たちにはなくて、ドイツの物価は安いな~という感じの時代でした。

派手だけじゃなくて、笑えるネタもいろいろありました(大阪育ちなので、それも肝心)。

その1.
ウェディングドレスの裾上げは当時近所に住んでた日本人のパタンナーさんにお願いしたのですが、裾上げが終わった時に彼からのお願いが。
「みっちゃん、お願いがあるの。ワタシ、このドレス着てみたいんだけど、いいかしら?」
何も考えずに「いいよ~」と快諾した私。彼のウェディングドレス姿を記念撮影もしました。
帰って夫に話したら、結婚式の前によりによって男がうちのウェディングドレスをもう着たなんて!とショック受けてました。笑えるけど、反省!

その2.
生演奏でワルツを踊ると聞いた母がはりきってダンス教室に通ったものの、直前にスクーターで転んで肋骨を骨折。当日は踊れないことに・・・・って、その前に着物でどうやって踊るつもりだったんだろう?あ、新婦みたいに衣装替えの予定だったのかも?!

その3.
ウェディングケーキの一番上に乗っける新郎新婦のお人形は夫とマジパンで手作りしたんですけど、入刀の際にケーキが少し揺れて、新郎の頭がぽろっと落ちてみんなの見ている前で広間の床をコロコロコロコロ~~~~と転がっていき、会場大爆笑!!

その4.
大阪で日本のお友達たちを呼んで二次会パーティーをすることになっていたのですが、関空にて私たちの預けた荷物が出てこない。
と、私の名前を呼んでる地上職員の女性がいて。「はいはい!私です!」って言ったら、荷物が経由地アムステルダムで間に合わずに置き去りになったと。。。。
中にウェディングドレスとタキシードとバウムクーヘンの引き出物が入ってて、明日、披露宴なんです!って言ったら、超青ざめてました。
「必ず明日届き次第ホテルにお届けします!」とのお言葉どおり、開始30分前に無事ホテルに到着しました~。

口座はマイナスになりましたが、ある意味、こうやってネタにできる、招待客の皆さんに覚えていただける、お金では買えない良い思い出ができてよかったと思います。

結婚生活は、上沼恵美子師匠の格言「好きだったところが嫌いになる」をまさに地でいってる私達です。私の場合は、バリバリ理系でいろいろ理解不能な考え方をする夫のそこが好きで結婚したんですけど、最近はそこにすごく疲れます。よく話すと同じゴールのことが多いのですが、そこまでのプロセスの考え方が違いすぎて疲れます。お互い自営業で、お互い忙しくしてるのが一番!話すぎると喧嘩になる!次の20年もお互い片目をつむって、一緒に楽しいこといっぱいしよう!

by deutschebaeckerin | 2019-05-25 22:12 | ドイツの生活 | Comments(0)

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今でこそ日本食ブームで、欧州でも一昔前から寿司レストランやテイクアウトのお店は沢山ありますし、近年はラーメンが人気です。
2000年頃には「ラーメン」「餃子」なんて何か知らないドイツ人やスイス人も多かったでしょうけど、今はどんどん浸透していますよね。
写真はチューリッヒの Izakaya Ooki さん。
四畳半の畳部屋もあって昭和な雰囲気が良いです。

ベルリンに住んでた頃に書いていた「ベルリン事件簿」から、当時のへんてこ日本食レストランの様子と、当時掲示板にもらった、1986年頃のハイデルベルグのとんでもない日本食についての投稿をご紹介したいと思います。懐かしいですよ!

「天丼のうらみ」2000年
「恐怖の和食」1986年
2本続けてどうぞ。

‥‥…………………………………………‥‥・・・

天丼のうらみ
2000年4月
場所: ベルリンのある「寿司屋」
被害者: みちえ

ある日曜日の夕方、夫が突然「寿司が食べたい」と言い出した。 日本だったら、そんな時間でも気軽に寿司が食べられる。 寿司屋に行っても、きっと新鮮なネタがある(と思う)し、デパートの魚売り場が寿司を売ってたりするから。 ・・・・でも、ここはドイツ。ついでに、ベルリン。 日曜日にはお店は閉まっていて、どう考えても新鮮なネタがあるとは思えない。 その上、生魚なんて、普通のスーパーには絶対売っていない土地である。

「日曜の夕方に寿司」というのに、少々ひっかかったものの、 私も家事をお休みしたかったし、納豆巻きとかカリフォルニアロールを頼めばいいかな、と思って同意した。
みちえ : 「でも、どこに行く?」
ダンナ : 「会社の人が、この近くに美味しい寿司屋があるって言ってたから、そこに行ってみたい!」
・・・・会社の人?それって、ドイツ人じゃん!!しかも、この近く?
うちの近くに日本人が経営する寿司屋があるなんて聞いたことがないんですけど・・・・大丈夫か?
と、疑問はいっぱいだったけど、「納豆がうまければいいのだ!」と一生懸命納得して、出かけてみた。

しかし、お店はお休み・・・・。 日曜も営業してるってしっかり入り口に書いてるのに。 ま、別にいいけど。(←素直な諦め方は在独生活に必須)ついでに、メニューはドイツ語とハングルで 書いてあったりした。 「韓国人経営の寿司屋か」と普通に納得する。(←悟りの境地)「韓国風のお寿司もいいかもしれない。キムチとか旨いのありそうだな~。」とか前向きに考えて、 急にめちゃくちゃこの店で食べたかったような気がしてきたりするから、私ってホント勝手だ。

みちえ : 「さて・・・・どうしようか。おうちに帰る?」
ダンナ : 「クライアントの所に行く途中に、バスから「SUSHI 」って書いてる店が見えるんだけど、そこはどう?」
・・・・クライアントの所って・・・・あの辺にも日本人経営の店があるなんて聞いたことないんだけど・・・・。 そこも韓国風寿司かもしれない!食べたい、食べたい!! と、勝手に嬉しくなって、「そこ、行ってみよーーーーー!!しゅっぱーーつ!」と単純な私は同意して・・・・。 途中でダンナが「インド料理にしようか」と提案しても、もう韓国寿司モードになってる私は、 「もう、決めたんだから、なにがなんでも寿司を食べるよー!」と陽気に言っていた・・・・。インド料理食っときゃよかったのに・・・・。

着いた店は・・・壁にはどっかの土産物屋で売ってそうな、肌色のプラスチックの刀がクロスして掛けてあり・・・ 金魚の入った水槽が、人工木目っぽい昔のテレビ台のような上に乗ってて・・・ 光の具合できらきら反射して、まるで動いているようなお堀の水の後ろに姫路城が見えるような、これまた土産物屋額縁・・・・・。やばい、やばすぎ る・・・・

かなり不安を覚えた私は、お茶と天丼を注文した。
ん~・・・この急須のセンスも光ってるねー・・・・・トホホ。
これも土産物屋にありそうな、浮世絵の女性の顔入りで・・・・・。

そして・・・・天丼の登場ーーーーー・・・・・あれ?




放心状態・・・・・。
しばらくお待ちください・・・。

私の目の前に登場した天丼・・・・・すんごい黒いんですけど・・・・。
天つゆでなくて、なんか「鯛のお頭を煮る時のタレの色」って感じ。
一口食べてみて、やっぱり濃いタレの味だとしっかり認識・・・・。
メニューには、「揚げたシーフードと季節の野菜がのってる」って感じの説明が書いてあったのだけれど・・・季節の野菜って、この巨大ピーマンだけです か???!!!
赤い巨大ピーマン(パプリカ)が、縦に四つ割りされたのが揚げてのせてあった。
食べる前から想像はできたけど、ちょっと甘くて酸っぱい肉厚の赤ピーマンは全然合わないんですけど(涙)。

食べることが大好きで、作ることも大好きな私には、こんなマズイ料理を作るってことが想像を絶していたし、 不味すぎて、なんだか悲しくなって、涙が出そうでした。お魚のような物体を食べ、ピーマンはやっぱり合わなくて不味いので端に除けて・・・・・ 私の大好きな海老でも最後に食べて、満足したい・・・・(かなり泣きが入ってるけど)と思ってパク!!っと食べたら・・・・

むむむ!!!
こ、これは!!!!!!



再び放心状態



塩・こしょうされてるんですけどーーーーーー(泣)!!!!!!

天ぷらの海老の基本さえなってないなんてーーーーー。
ここでホントに本格的に泣きそうになり、ダンナにさっさとお金を払ってもらって帰りました。

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恐怖の和食

1986年
場所: ハイデルベルグ「ハウプトシュトラーセを駅に向かうとぶちあたる中華」
被害者: 匿@匿さんと同僚さん

わたしゃその昔,ハイデルベルグの巻き寿司とザルソバでエライ目にあった。
同僚と欧州縦断出張で,スコットランドのてっぺんから延々3週間かけて 南ドイツまでやってきて,
毎夜のイギリスメシ,ドイツメシに辟易...
たまたまハイデルベルグで一日オフになったので,今日こそは日本メシを 食おう!と探したけれど...なかったんですね,当時は(1986年)

#今は「好味:このみ」って日本人経営のまともな店があるらしい

探し回ること1時間,ふと目に留まったのは中華メシ屋の窓から垂れ下がった 日の丸!
どうやらシーツに赤い●を描いたらしい(^^) メニューにも「天丼」 「すし」「そば」って書いてある,
よしっ,決めた!! テーブルについて「巻き寿司」「ざるそば」を注文。
待ってる間に近所の テーブルを観察すると,おおドイツ人が巻き寿司を食っている。

遠目には なんとか巻き寿司らしい...具もちゃんとタマゴや田麩,ほうれん草が 入って三色カラフルだ。
で,出てきたモノは...おおおおお(^^) まず,メシが中華でよくあるパラパラご飯。
あれを海苔で巻いてあるだけ なので,持ち上げるとパラパラと崩れる。
そして,三色の具に見えたモノは これもドイツによくある三色の「パプリカ」だった!!!!!!

しからばザルソバは?? 上に海苔の代わりにワカメが載ってるのはご愛敬 (巻き寿司にする海苔があるんだからそれをつかわんかい!)
極めつけは ソバツユが...単に醤油を薄めたモノだった!!!!!!!

ハイデルベルグ...ハウプトシュトラーセを駅に向かうとぶちあたる 中華です。怖いモノ食いたさのある勇気有る方はチャレンジを(^^)

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被害にあわれた方はご愁傷様でございました。
でも、なんか懐かしいですよね~。
こうやって時間が経つと、懐かしさもあり、年寄りになるまで語れるという持ちネタ要素もあり、ヘンテコ和食系も食べておいて損はなかった気がします。

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by deutschebaeckerin | 2019-01-16 04:29 | ドイツの生活 | Comments(0)

ゼロからのスタート

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今もそうだと思いますけど、ドイツで部屋を借りるとキッチンってご覧のように水周りとコンロ以外は何もついていないんです。
ドイツというと、システムキッチンというイメージですけど、引っ越す時はあれごと全部次の住居に持って行くらしいのです。
そういうわけで、私達が1998年12月から借りることになったベルリンの部屋も、ご覧のとおり棚も作業台もなーんにもありませんでした。
1998年の冬は大寒波ですごく寒かったので、私が立ってる足元の窓下の収納棚がとっても冷たくて、春まで我が家は冷蔵庫も買わずに過ごしていました。

お金がなかったこともありますが、とりあえず安物を置いちゃうとか、パッとIKEAなどで揃えてしまうのが私達は好きではないので、じっくり気に入るものがみつかるまでは中古品でしのぐというスタイルで、ベルリンでの家具や電化製品はほとんど全部「Zweitehand(セカンドハンド)」という新聞で探して、電話してアポとって見せてもらいに行って、気に入ったら購入(場合によってはRobbe und Wientjesというトランスポーター専門のレンタカーで車を借りて)という流れで物を揃えて行きました。

キッチンも確か春ぐらいまで、木工作業をする時に使う脚立みたいな支えの上に板を載せて食卓にしていたし、テーブルや椅子もなかなか気に入るものが見つからなくて、ベルリンで中古で買って使っていたものをスイスまで持ってきて、更にスイス国内の引越しでも運んで使っていたものです。私の仕事場所の棚なんていまだにベルリンの粗大ごみ置き場から拾ってきたもの。。。。いつまで使うんやろ、これ。

話が逸れますが、粗大ごみといえば、私がいまだに愛用している30x30mの天板。これなんて、私が小学校1年生ぐらいの時に、実家の母が拾ったガスオーブンにに付いてたものですよ!当時、友の会に入ったばかりで、ケーキとかクッキーとかパンとか習ったものを焼いてみたかった母が、オーブンが欲しい欲しいって言ってたら、粗大ゴミとして出されているのを発見して、しかも一番欲しかった「ガスのオーブン」!「誰が出したのかな?」って近所に聞きまくってその方を見つけてみたら、本当は手放したくなかったけど引っ越すから置いていくとかいう品で、母が使ってくれるなんて嬉しい!って言って、天板(これは取っておこうと思ったみたい。天板て数があると便利ですもんね。)とかホース(別に捨てようと思ってたみたい)とかも家から出して持ってきてくれて、ということがありました。

もう一個、話が逸れついでに、スイスだとブロッケンハウスという不用品を売ってる場所があって、スイスに引っ越してきて、そこで購入したのがイタリア製の真っ白なコットンが張ってあるソファ。ちょっと面倒くさいのですが、このコットン全部はがして洗うことも可能だったんです。白だから90度とかで洗っても平気なんです。90度で洗うとどんな汚れも取れて真っ白!!13年ぐらい使ったかなー。今の住居に引っ越す際に捨てたいけれど、粗大ゴミ代がかかる。でも、売れるような品物ならブロッケンハウスが無料で取りにきてくれるんです。まずは品定めする人が来て、無料で引き取るか、お金取られるかって査定が入るんですけど。その人、「お子さんもいらっしゃるのにすごくきれいですね。まだあまり使ってないのでしょう。(私は笑顔でハイともいいえとも言わず)・・・・無料で引き取りますよ。」ってことになりました。13年ぐらい前にブロッケンハウスで買ったものなのに~!でも、中古でも600フラン(7万円ぐらい)した品で、かなり良いものでしたよ。背もたれを引っ張るだけでベッドにもなっちゃうっていう。

話はもどって、うちの食卓と椅子。やっと10年ぐらい前に、南ドイツをドライブしてたらJonny Bという家具職人が展示会をしてるところを通りかかり、建物自体が素敵だったこともあり、ちょっと中に入ってみたところ、私も夫も同時に「やっと見つけた!!これだ!」というのが一目で見つかってすぐに注文したんですよ。

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だだっ広いおうちに、ゆっくりゆっくり揃える生活をしていたので、あまりにもリビングが寂しくて観葉植物が欲しくなったんですけど、お店に行って見てたら、いや、家具買う前に観葉植物にこんなにお金払うのは本末転倒やろ!って思って、せっかく来たんだしって思ってお箸ぐらいの大きさと細さのドラセナの鉢植え(ドラちゃん)を買ってきて窓際にちょこんと置いてたぐらいでした。当時いくらだったかな、高くても10マルク(600円)ぐらいじゃなかったかな。

そのドラちゃんもいまだ我が家で現役です。私の背を追い越しました。椅子とテーブルはJonny bの。子どもたちが工作をするためにプラスチックテーブルクロスがかかってた時の写真だし、なんかぶれちゃってますが。ちょっとずつ買い足してる割には、子どもが生まれてからは更に物がどんどん増えて、もともと片付けは下手ですが、片付けても片付けても片付かない我が家です。

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by deutschebaeckerin | 2018-11-07 05:00 | ドイツの生活 | Comments(0)

ドイツ時代の住まい



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夫はあっさりとその会社のベルリン支社に勤めることが決まり、そのまま私たちは住まい探しをすることになりました。
ベルリン人の夫の友人に教えてもらい、新聞を買ってきて(なんていう新聞だったかな。。。。Berliner Morgenpost?Berliner Zeitung?忘れてしまった。当時ベルリンの住居探しだったら、これ!という新聞があったと思うのですが)、広告を出してる人に連絡を取って見せてもらうという感じでした。不動産屋に行って、不動産屋さんから紹介してもらうという感じではありません。

夫の友人のところに長く居候するのも悪いので、早々に出て、夫の幼馴染のところへ。(って、結局また居候かいっ!)
夫の幼馴染も彼女と暮らしていたので(20代の気の強い彼女、笑)、また数日だけで出てユースホステルに引越しました。
日没の早い11月のドイツ、「今日も部屋みつからなかったな~(選ばなければすぐみつかりますが・・・・)」と思いながら、夕暮れの住宅の窓から温かそうな灯りがともっているのをS-Bahn(エスバーン:市内鉄道)から眺めながら、「早く私たちもおうちに住みたい・・・・(マッチ売りの少女の気分)」と思っていたものです。

しかしながら、決まる時はすぐに決まるもので、夫の会社から徒歩5分以内のところに夫が住みたかったAltbau(アルトバウ:古い建築)の部屋がみつかりました。
大家さんは元パン屋さんというフリッツさんというおじいさんで、なんだか私たちのことをすごく気に入ってくれて、会って部屋を見てお互い即決でした。
天井まで3・5mも高さがあって、天井にはどの部屋も、キッチンでさえも彫刻がついていて、床は板張り、3部屋+キッチンで、120平米、一ヶ月の家賃は1100マルク(550ユーロ)。当時1マルク65円ぐらいでしたので、72000円弱。

この20年で不動産価格はすごく上がったので、今、ベルリンに暮らしてる方が聞いたらびっくりのお値段ではないでしょうか。

ちなみに、写真は私たちがまたベルリンから引っ越す時に撮ったものです。
1998年当時はデジタルカメラなんて、あるところにはあったのでしょうけど、身の回りで持ってる人なんて一人もいなかったですよ。

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by deutschebaeckerin | 2018-10-29 13:17 | ドイツの生活 | Comments(0)

そもそもバーデン・バーデン近郊出身の夫とどうしてベルリンに住むことになったか、なんですが、夫が大学を卒業して仕事を探すにあたり、当時はちょうどインターネットバブル前夜という感じでしたので、ITが専門の夫にとっては売り手市場。行く面接に一緒にくっ付いて行って、どこに住むかを決めようという話になっていました。

行った場所は、デュッセルドルフの北側のデュースブルク、南仏コートダジュール、ミュンヘンでした。

デュースブルクの面接に夫が行っている間に、ひとりで町を散策・・・・中華レストランで一人ランチして、その後カフェに入ってカプチーノを注文したら、コーヒーにホイップクリームがただ乗ってるだけみたいなのが出てきて衝撃を受けました。が、当時はまだドイツってこんな感じだったんですよ。今、画像検索したら、スタバの商品でホイップクリームが乗ってるようなのもあるみたいですけど、それは下にすでにちゃんとしたカプチーノがあって、そこに更にクリーム増量という感じでホイップクリームが乗ってる感じですよね。じゃなくて、当時はただのコーヒーにホイップクリームが乗っかってるのが、カプチーノです!みたいな店もざらにあったという感じです。今と違って、インターネットでレシピや世界のどこかの飲み物の写真が見られる、みたいな日常ではなかったですから。あとは、デュースブルクの思い出と言えば、面接が終わった夫と落ち合って、社会の授業で有名な「ルール工業地帯」の電車に乗っていたら、ちょうど夕方の帰宅時間と重なったものですから、結構人が沢山乗っていて、東京から来たばかりの私は冬なのにスカートといういでたちで地味なドイツのファッションの中で浮いていたので、「あの娘、スカートはいてるよ(注釈:当時私まだ25歳ですから「娘」とさせていただきました)」みたいなことを言われたり(別に傷ついたりしてませんが、ただ単に、そんな言うほど珍しい?って思った程度。)、スーツ着た男の人が携帯電話でベラベラ喋ってるのですが、「俺、携帯電話持ってるんだぜー」みたいな感じで、これ見よがし感が半端ない感じでした。当時の日本では、すでに電車内で携帯で話すのは迷惑みたいな風潮になってきていたので、なんか思っていたよりドイツって遅れてるなーなんて思ったものです。

南仏コートダジュールにも行きました。11月に・・・・バカンスシーズンが終わって、レストランもカフェも閉まっていて、とにかく寂しい町という印象しかなく、「こんな所住めない」と思ったものです。もしかしたら、今の私がシーズンオフに行ってもそういう印象はないかもしれません。しかし、当時は東京からパッと来たばかりでしたから、私が受けた印象ってこんな感じになりました。夏に行っていたら、きっと全然違う印象で、「ここに住みたい!」と思っていたかもしれませんね。

そして、ミュンヘン。上記2箇所より断然良い~~!と思いながら、夫が面接に行ってる間に一人で街を散策。マリエン広場からずんずん一人で適当に歩いて行ったら、イザール川に出て、川の向こう側を見たら住宅街が広がっていました。そこで、私、「え?これで街が終わり??」って衝撃を受けました。ごめんなさい、ミュンヘンもっともっと大きいことを、私は今は分かっています。ただ、当時25歳だった東京から来たばかりの私は、ミュンヘンってこんだけ???って失礼ながら思ってしまったんです。それで、夫がミュンヘンの面接が終わって帰ってきて、「自分はこの会社で働きたい。勤務地はミュンヘンでもベルリンでも良いんだって。」って言うので、ベルリン行ってみよ!ってことになり、確かその足でベルリンの支社にも行くことになったのです。

ベルリンには夜に到着して、ベルリン在住の夫の友達の家に泊めてもらえることになり、夜のベルリンをタクシーで走りました。都会っぽい夜の明かり、街灯が終わらない。。。。この街、でかい。ここなら住める!と思ったのでした。それで、ベルリンに住むこと決定しちゃったというアホな若いカップルだった私たち。若気の至りとはまさにこのこと。ただでかいだけで、貧乏なボロボロ首都だとは知らず・・・。

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by deutschebaeckerin | 2018-10-28 23:27 | ドイツの生活 | Comments(2)

誕生日パーティー

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10日ほど前にダンナの40歳の誕生日パーティーがありました。
隣町のはずれにある農家にお願いしたのですが、天気もよく、ご飯もおいしく、
ドイツ&スイスに住んでいる家族や友人たちが沢山あつまってくれて、楽しい夜になりました。

まずは農家で作っている林檎のシャンパンで乾杯してから、自家製野菜のサラダビュッフェ。
その後のメインは、ジャガイモのグラタン、インゲン豆、厚切りのハムだったのですが、
どれも自家製のもので、素材が新鮮で良いからか、簡単なお料理なのに(だからこそ?)
とーっても美味しかったんです。お客様たちにもとても好評でした。

その後は自家製の蒸留酒やリキュールがずら~っと出てきて、いろいろ試せましたし、
最後はデザートビュッフェで〆!
子供たちは外で遊べるしで、本当に良い場所でした~。

来てくださった方々から、「どうやってここみつけたの?」とよく聞かれました。
この農家のお店の商品を詰め合わせにした贈り物を一度頂いたことがあって、
そこについてた名刺にホームページアドレスがあったので、アクセスしてみたら素敵で、
一度お店に買い物に行ったのがきっかけです。
中には、今度、会社のパーティーで使いたいとおっしゃってる方もお一人ならずいらっしゃいました。
みんなに喜んでいただけるパーティーができて、オーナーさんご夫妻には感謝感謝です。

この農家さんです。
Hof Märcht
by deutschebaeckerin | 2008-06-02 00:11 | ドイツの生活 | Comments(13)

ハウスコンサート

f0141507_21493888.jpgもう10日ほど過ぎてしまいましたが、3月30日(日)の夕方から義父母宅でハウスコンサートがありました。
なぜ日曜の夕方からかって??
・・・・お仕事引退したご老人方(義父母とその友人)って、とーっても忙しいんですよね。
お出かけ、お茶会、コンサート、家族の集まりなど遊びの予定がぎっしり。
そういうわけで、一番みんなが集まれるのが日曜夕方からだったんですって。

4月に入ってここのところ再び雪が降ったりと寒い日が続いているのですが、
ハウスコンサートの日はとても春らしい日差しの気持ちの良い一日でした。

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by deutschebaeckerin | 2008-04-09 22:16 | ドイツの生活 | Comments(8)

カルテス エッセン

f0141507_2035073.jpgカルテス エッセン(冷たい食事)は、ドイツの夕食でよく食べられるもので、火を使わずに簡単に済ませましょう、という感じのものです。美味しいハムやサラミなどの肉製品、チーズ、野菜、パンを並べて、あとは適当に各自が食べたいだけ食べます。火を使って作る食事となると、どうしても胃に重たくなってしまうので、この方が軽めでいいんですよね。でも、日本では夕食が一番豪華になることが多いですし、なんだか朝食と似たようなものがテーブルに並ぶのって・・・って感じもあって、うちではたま~にしかやりません。しかしながら、夜に肉料理やらパスタやらっていうのも、めったになくって、どちらかというとサラダとかスープをメインにしたような料理にしてます。

ちなみに、昨日はたっぷりサラダとパン。どんなサラダかというと、トマトと海草ミックスを和風ドレッシングであえておいたものを、食べる時に山盛りレタスと混ぜて、周りにはファラフェルとインドネシアのえびチップスを飾ってみました。ファラフェルは、もともとの目的は今日のお弁当に入れるためでしたし、せっかく揚げ油を使うからということで、えびチップスも揚げたってだけで、結構手抜きです。こんなのでもダンナは大喜び。・・・うちの母が見たら、「ま~!」と私に怒ったあと、「〇〇さん、ごめんなさいね。」ってダンナに謝ってることでしょう。

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by deutschebaeckerin | 2007-07-10 20:07 | ドイツの生活 | Comments(8)

村唯一のゲイ

リトルブリテンのダフィド・トーマスは、「村唯一のゲイ」ってことをアイデンティティにして、ふてぶてしく生きていますが、昨日ARTEで放映されたドキュメンタリー映画で、ドイツの田舎に暮らす本物の「村唯一のゲイ」達の日常を見て、保守的な土地で苦労されているんだな、と少し感傷的な気分になったり、仲間や安心できる場所を求めて都会へ行く彼らに共感を覚えたりしました。

Ich kenn keinen - Allein unter Heteros

というのが映画のタイトルです。南西ドイツのシュヴァーベンの田舎で、「あなたにはゲイの知り合いがいますか?」と聞くと、誰もが「一人も知らない」と答えますし、「それは病気なのではないか」とかいうお年寄り達がいたり、ゲイパレードがあればそれに対して「早く元に戻りなさい!」と看板を持って真剣に抗議するおばさん達がいたり、とにかくすごく保守的。

敬虔なカトリック信者の多い土地で暮らす彼ら。教会のコーラスメンバーのHartmut、森で働くStefan、母と暮らすUwe、2人のゲイの息子を持つErika、そして同性愛も迫害したナチスの時代を経験し今でも静かに暮らす78歳のRichard。彼らの日常を追う静かな映画です。

ベルリン市長が就任演説でカミングアウトしたり、都会では彼らは昔に比べてずっと暮らしやすいのだと思うけれど、田舎ではカミングアウトしたとたん、Stefanの同僚の中には一緒に働いてくれなくなった人もいるという話でしたし、ゲイの息子を持つErikaが同性愛について理解を深めてもらうための討論会を準備してみたものの、参加した老人達は頭が固く、逆に息子を説得するありさま。でも、彼らは村に残って、時々シュトゥットガルトやチューリッヒの催し物に参加するものの、静かに村で暮らしている。

78歳のRichardは映画の中以外では、ゲイということはいまだに隠して生活しているという。若い頃、自分のことに気づいた時はナチスドイツの時代で、ユダヤ人と同じく同性愛者も強制収容所へ送られるとのことだったので、静かに静かに暮らしていたとか。そんな中、1942年にスイスでは同性愛が罪ではなくなって、ダンスパーティーがあると聞き、参加しに行って初めて沢山の仲間に会えたという喜びを語っていて、なんかじーんとしてしまいました。他にも、Uweが初めてベルリンへ行って、田舎といろいろ違うことに驚いたり、お母さんにお土産を買うために入ったお店で、アフリカ人の店員の彼女と一緒に商品を選ぶ様子。彼女はドイツ語が下手だけど一生懸命働いています。彼女も外国人として、彼と同じようにドイツの社会では異端児だけど、二人ともとても明るくて、見ていてこちらもすごく嬉しくなりました。

私も興味半分で見出した映画でしたが、保守的な田舎の土地で暮らすことの大変さがよくわかり、また、彼らの静かな生活の中で、仲間に会うことがどんなに大事なことなのかもわかって共感したり、自分はどこまで彼らのことを受け入れているのかなぁ、と考えたり、良い映画でした。


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by deutschebaeckerin | 2007-07-09 15:55 | ドイツの生活 | Comments(1)

結婚式の費用

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今日は07年07月07日で、ラッキー7のぞろ目。
こちらでは、結婚式がいっぱい。
日本でも今日結婚する人が沢山いるのでしょうか。

とあるところで、「ドイツでも結婚式はお金がかかるんですね」という話になり、私もふと8年前の結婚式でかかった費用が気になり、書類を整理しているバインダーを開けてみました。請求書などをまとめてある他、エクセルに全ての費用やご祝儀などを入力したものもプリントアウトしてあって、興味深いので少しご紹介をば。でもこれ、8年前のだからご披露できるのであって、最近とかだったら「いくらかかった」とかはあまり公表したくないですよね。


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by deutschebaeckerin | 2007-07-07 23:15 | ドイツの生活 | Comments(14)